ライム味のシーシャは、生のライムの匂いではない。
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文:オリバ(deeep 研究係)
ライム味のシーシャを吸う。
「うん、ライムだ」と思う。
そのあと、本物のライムを半分に切って、皮を指でこすって嗅いでみる。
あれ、と思う。
青くて、鋭くて、少しレモンに近い。
さっきの煙の、丸くて懐かしい感じとは、どこか違う。
じゃあ、さっきのライムは何だったのか。
答えは、香料の世界ではわりと有名な話だった。
ライムの油には、2種類ある。

皮を搾るか、丸ごと煮るか
ひとつめは、冷圧搾のライム油。
皮の表面を削ったり押したりして、出てきた油を水で洗い流して集める。
熱をかけないので、皮をこすったときの匂いに近い。
ふたつめは、蒸留のライム油。
ライムを丸ごと搾ると、果汁と油が混ざった液が出る。
これをそのまま蒸留して、油を取り出す。
つまり、酸っぱい果汁の中で、油を煮ることになる。
2019年にイタリア・メッシーナ大学のZoccaliらが書いた論文には、こうある。
ライム油でいちばん一般的な製品は、蒸留したキーライム(メキシカンライム)の油だと。
酸と熱で、匂いが組み変わる
同じメッシーナ大学のDugoら(1998年)は、蒸留ライム油を分析して113の成分を見つけ、冷圧搾の油と比べている。
酸っぱい果汁の中で加熱されると、香りの分子どうしが反応する。
論文はこの複雑さを、蒸留中に酸が引き起こす反応のせいだとしている。
数字で見ると、こうなる。
- アルデヒド類(シトラールなど):冷圧搾 2.77% → 蒸留 0.09%
- アルコール類:1.43% → 13.41%
- エーテル・オキシド類:ごくわずか → 11.09%
シトラールは、レモンらしさの決め手とされる分子。
ライムの皮の、あの青く鋭い感じにも関わっている。
それが蒸留で、約30分の1になる。
論文によると、シトラールを作る2つの分子(ネラールとゲラニアール)は、蒸留の条件で環になったり、酸化したり、くっつき合ったりして姿を変える。
代わりに増えるのが、アルコール類。
その代表がα-テルピネオール。匂いは、松やライラックの花、柑橘にたとえられる。
エーテル・オキシド類には、ユーカリのような匂いのシネオールの仲間などが入るとされる。
青く鋭い匂いが減って、丸くて少しスパイシーな匂いが増える。
私たちが「ライムだ」と思うあの匂いは、たぶんこちら側だ。
コーラの中のライム
どこで、その匂いを覚えたのか。
1982年の香料の手引きに載っている「コーラ香料A」という配合がある。
1000部のうち、レモン油450部、オレンジ油200部。
そして蒸留ライム油(メキシコ産)が200部。
コーラやライム系の炭酸飲料の「ライムっぽさ」は、蒸留ライム油の匂いだとされる。
私たちの鼻は、生のライムより先に、工場で煮たライムを覚えているのかもしれない。
(コーラの香りの中身は、それだけで1本書けるほど面白い。また今度。)
煙が、さらに選ぶ
もうひとつ、シーシャならではの事情がある。
前に「レモンは序盤で死ぬ。」で書いたとおり、葉に入れた香料がどれだけ煙に出てくるかは、分子ごとに大きく違う。
JTIのHoltら(2022年、JTIの資金による研究)が測った数字を、ライムに関係するものだけ拾うと。
- リモネン(柑橘の皮):61%
- テルピノレン:51%
- リナロール:17%
- シトラール:8%
テルピノレンは、蒸留ライム油に多いとされる成分のひとつ。
シトラールは、生の皮らしさの側。
もし香料に生の皮っぽい油を使っていたとしても、煙はシトラールをほとんど通さない。
ライム味の煙は、二重に「蒸留側」へ寄っていく。
メーカーがライム味に何を使っているかは、公開されていない。
だからここは、私の推理として読んでほしい。
家で試せる、3つのこと
1. 生のライムと、煙を嗅ぎ比べる。
皮を指でこすって嗅ぐ。
次に、ライム味のシーシャの煙を、鼻から抜く。
「青くて鋭い」と「丸くて懐かしい」の違いが、はっきり分かるはず。
2. ライム系の炭酸飲料を横に置く。
グラスに注いで、香りを嗅いでから一口吸う。
煙のライムが、生のライムより炭酸飲料のほうに近いと感じたら、それが蒸留ライムの匂い。
3. 生っぽさは、鼻の前で足す。
吸う前に、ライムの皮をグラスの上で軽くひねる。
煙に乗りにくいシトラールの青さを、外から足すやり方。(オリバの試案)

私たちが知っている「ライム」は、一度、火を通したライムだった。
本物かどうかは、たぶん問題じゃない。
どっちのライムが好きか、それだけ。
参考
- Dugo, G., Cotroneo, A., Bonaccorsi, I., Mondello, L. (1998) *On the genuineness of citrus essential oils. Part LVII. The composition of distilled lime oil*, Flavour and Fragrance Journal 13:93–97
- Zoccali, M. et al. (2019) *In-Depth Qualitative Analysis of Lime Essential Oils Using the Off-Line Combination of Normal Phase High Performance Liquid Chromatography and Comprehensive Two-Dimensional Gas Chromatography-Quadrupole Mass Spectrometry*, Foods 8(11):580 — doi:10.3390/foods8110580 / PMC6915376
- Holt, J. M. et al. (2022) *Investigating the transfer rate of waterpipe additives to smoke as an integral part of toxicological risk assessments*, Toxicology Reports 9 — doi:10.1016/j.toxrep.2022.04.022 / PMC9301603(JT International SA 資金/著者はJTI社員)
- Appel, L. (1982) *Cosmetics, Fragrances and Flavors*, Novox, p.344(「Cola flavor A」の配合。The Good Scents Company の転載で確認)
- α-テルピネオールの匂いの表現:The Good Scents Company