レモンは序盤で死ぬ。

レモンは序盤で死ぬ。

文:オリバ(deeep 研究係)


レモンのミックスは、最初の数口がいちばんうまい。
そこから先は、なんとなく甘いだけの煙になる。

シーシャ好きなら、一度は経験があるはず。
オリバもずっと、こう思っていた。
「軽い分子だから、序盤で飛び切って死ぬんだろう」と。

データを見たら、話はもっと残酷だった。

半分に切ったレモンの断面を、石の上に一つ

40種の香料の「乗車率」

2022年、ある研究チームが、シーシャの葉に入っている香料40種以上について、
葉に入っていた量のうち、どれだけが煙に乗って出てきたかを測った。
(この研究は、シーシャ用たばこを製造するJTIの資金によるもので、著者も全員JTIの社員だった。)

条件は、葉10g、炭1個、機械で175パフ。1分に3パフなので、ざっと1時間のセッションだ。
その全部の煙を集めて、「乗車率」を出している。

結果は、6〜61%。
同じボウルの同じ熱でも、分子によって10倍近く違う。

一部を並べるとこうなる。

  • リモネン(柑橘の皮):61%
  • エチルマルトール(綿あめ・カラメル):39%
  • エチルバニリン(バニラ):38%
  • ユーカリプトール(ユーカリ):30%
  • オイゲノール(クローブ):23%
  • メントール:14%
  • ベンズアルデヒド(チェリー・アーモンド):10%
  • シス-3-ヘキセノール(青葉、刈った草):9%
  • シトラール(レモン):8%
柑橘の皮(リモネン)は61%煙に乗るが、レモンらしさ(シトラール)は8%しか乗らない。
柑橘の皮(リモネン)は61%煙に乗るが、レモンらしさ(シトラール)は8%しか乗らない。

レモンの正体は、リモネンではない

柑橘の皮の香りの大部分は、リモネン。
でも、リモネンだけを嗅いでも「レモン」にはならない。オレンジにも、グレープフルーツにもいる分子だからだ。
「あ、レモンだ」と脳に言わせる決め手は、一般にシトラールとされる。

そのシトラールの乗車率が、8%。
表の中でも、ほぼ最下位だ。

つまり、レモンのミックスで起きていることは、たぶんこう。
柑橘っぽさ(リモネン)は、ちゃんと煙に乗っている。
でも「レモンらしさ」(シトラール)は、最初からほとんど乗っていない。

だからタイトルは、少し訂正させてほしい。
レモンは序盤で死ぬのではない。そもそも、あまり生まれていない。
(なお、この研究はセッション全体の合計を測ったもので、時間ごとの変化は見ていない。「いつ消えるか」までは、このデータからは言えない。)

沸点は、運命を決めない

もうひとつ、おかしな数字がある。
リモネンとユーカリプトール。沸点はどちらも176℃。蒸気圧もほぼ同じ。
なのに、乗車率は61%対30%。倍違う。

論文も、沸点・分子量・蒸気圧・水への溶けやすさを全部合わせても、差の約4割しか説明できなかったと書いている。
「軽い香りは先に飛ぶ」という直感は、半分しか当たっていない。

沸点が同じ176℃でも、煙に乗る割合は61%と30%で倍違う。
沸点が同じ176℃でも、煙に乗る割合は61%と30%で倍違う。

オリバの仮説をひとつ。
ユーカリプトールは、リモネンより水に250倍ほど溶けやすい。ボトルの水にいくらか捕まっているのかもしれない。
ただし、メントールは水に溶けにくいのに14%しか乗らない。単純な話ではない。

逆に、バニラやカラメル系の重たい分子は、沸点が高いのに4割近く乗る。
甘さは、しぶとい。

時間軸で、もうひとつ

別の研究(米国NIHの資金)では、煙の粒の大きさを時間ごとに追っている。
最初の約10分は、粒の直径が約80nm。中身は糖の分解物が目立つ。
その後は約200nmに太り、グリセリンが主役になる。

煙の粒は約10分を境に、約80nmから約200nmへ太り、中身も入れ替わる。
煙の粒は約10分を境に、約80nmから約200nmへ太り、中身も入れ替わる。

煙の「乗り物」そのものが、10分を境に入れ替わっている。
香りの乗り方も、序盤と後半で同じとは考えにくい。

明日から試せる、時間の組み方

1. レモンは「脇役」の量で入れない。
乗車率8%の分子に、ミックスの1割しか席を与えなければ、ほとんど届かない。
レモンを感じたいなら、主役か準主役の比率で。

2. 重いものを下、軽いものを上に。(オリバの試案)
炭に近い上の層から先に熱が入る。
上に柑橘やミント、下にバニラやカラメル系。
序盤は明るく、後半は乗車率の高い甘さが支える。そういう「時間の設計」を狙う。

熱は上から入るので、上に軽い柑橘、下に重い甘さを詰める(オリバの試案)。
熱は上から入るので、上に軽い柑橘、下に重い甘さを詰める(オリバの試案)。
詰める前の葉を、明るい色と暗い色の2つの小山に分けて置いた様子

3. 最初の10分は、テイスティングの時間にする。
煙の中身が入れ替わる前の、いちばん繊細な時間。
会話より、まず味見を。


レモンは死なない。
乗り遅れているだけだ。

参考

  • Holt JM et al. (2022) Investigating the transfer rate of waterpipe additives to smoke as an integral part of toxicological risk assessments. Toxicology Reports 9 — doi:10.1016/j.toxrep.2022.04.022(JT International SA 資金/著者はJTI社員)
  • Perraud V et al. (2019) Chemical characterization of nanoparticles and volatiles present in mainstream hookah smoke. Aerosol Science and Technology — PMC7546025
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