たばこが、国王を折れさせた日。
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文:オリバ(deeep 研究係)
1891年の冬。
ペルシャ中の水パイプが、いっせいに黙った。
宮殿の中でも、だ。
王の妻たちは吸うのをやめ、召使いは王のための水パイプを用意しなかった、と伝えられている。
誰かが禁じたわけではない。
国じゅうの人が、自分で火を置くのをやめたのだ。

水パイプの国
まず、当時のペルシャで水パイプ(カリヤーン)がどれほど日常だったか。
Encyclopaedia Iranicaによれば、たばこがペルシャに入ってきたのは1600年ごろ。17世紀後半には「どこでも育つ」と旅行者が書くほど広がった。
男も女も吸う。家で、茶店で、道端で。
身分の高い人は、外出のときに水パイプ専用の召使いを連れていた。持っていない人のために、一服を売り歩く商人までいた。
作法もあった。
客が来たら、主人は水パイプを2回、たいていは3回すすめる。3回目は「そろそろお開きに」の合図。

19世紀の英国の外交官は、王の前では誰も吸えない、と書き残している。
吸うのは「トンバク」と呼ばれる葉。とくに南部で多く育てられた。
甘いシロップも香料もない。葉を水で湿らせて小さな山に盛り、その上に炭を直接のせる。
いまのシーシャとはまるで違う、むき出しの一服だ。


50年ぶんの、たばこ
1890年3月。国王ナーセロッディーン・シャーは、英国人のタルボット少佐に、ある権利を与えた。
ペルシャのたばこの買い付け・販売・輸出を、50年間すべて独占する権利だ。
見返りは、毎年1万5,000ポンドと、利益の4分の1。
国王には悪くない取引に見えた。
でも、たばこを育てる人、売る人、刻む人、そして吸う人。
その全員が、自分の手元のたばこを、外国の会社を通してしか扱えなくなる。
朝の一服の値段を、遠くの誰かが決めることになる。
反発は、各地で火がついた。
シーラーズ、タブリーズ、イスファハーン。商人たちがバザールを閉め、宗教指導者が声を上げた。

ひとつの言葉で、国が止まる
1891年12月。
当時もっとも権威のあったシーア派の学者、ミールザー・ハサン・シーラーズィーの名で、ひとつの宗教見解(ファトワー)が国中に回った。
いま、たばこを使うことは許されない。
最初は「本当に本人が出したのか」と疑う声もあった。のちに本人がそれを認めた。
そして、冒頭の冬になる。
店はたばこを売らず、人々は吸わなかった。宮殿の奥の女性たちまで。
水パイプの国で、水パイプが止まった。
1892年1月、テヘランに群衆が集まる。兵が発砲し、少なくとも7人が死亡したとされる。
国王は折れた。独占権は取り消され、1月26日、禁止が解かれたことが街で触れ回られた。
ただし、ただでは終わらない。
ペルシャは会社に50万ポンドの賠償を払うことになり、国は借金を背負った。
吸わない、という声
歴史家のニッキー・ケディは、この運動から1905年に始まる立憲革命まで「一本の線」がつながっていると書いている。
商人と宗教者と市民が、都市をまたいで同時に動いた。ペルシャで初めての、全国規模の民衆運動だった。
武器を取ったのではない。
いちばん身近な楽しみを、みんなで一斉に手放した。
それが、王を動かした。

今夜の一服に持ち帰れる、3つのこと
1. 3回目のすすめは、終わりの合図。
長居しすぎたと思ったら、ペルシャの主人にならって、3回目の一服をすすめてみる。角が立たない。
2. 先に吸うのは、相手。
王の前では吸わない、という古い礼儀は、いまなら「最初の一口はゲストに」くらいでちょうどいい。
3. 甘くない葉の存在を知っておく。
香料もシロップもない、湿らせた葉に炭を直接置く一服が、シーシャの祖先のひとつにある。
次にフレーバーを選ぶとき、その素っ気なさを少しだけ思い出してみてほしい。
煙を吐かないことが、声になった冬があった。
いま、私たちは静かに炭を置き、静かに吸う。
その静けさの向こう側に、静かに吸わなかった一国ぶんの冬がある。
参考
- Wikipedia, "Tobacco Protest" — en.wikipedia.org
- Encyclopaedia Iranica, "TOBACCO"(たばこの伝来、カリヤーンの作法、トンバクの産地)— iranicaonline.org
- Keddie, N. R. "Tobacco Protest, Iran", Encyclopedia of the Modern Middle East and North Africa — encyclopedia.com
- Shihadeh, A. (2003) Investigation of mainstream smoke aerosol of the argileh water pipe, Food and Chemical Toxicology 41:143–152(アジャミ葉の吸い方)— 著者PDF