ハイビスカスの酸っぱさは、煙にならない。

ハイビスカスの酸っぱさは、煙にならない。

文:オリバ(deeep 研究係)


ハイビスカスティーは、酸っぱい。
赤くて、きゅっとくる、あの酸っぱさ。

この秋、ロシアのブランドから「赤いお茶」系のフレーバーがいくつも出た。
DARKSIDEの「Red Tea」もそのひとつで、ハイビスカスティーがテーマだ。

吸ってみると、たしかに酸っぱい気がする。
でも、ちょっと待ってほしい。

ハイビスカスの酸は、煙に乗れない。

じゃあ、あの酸っぱさはどこから来たのか。

白い器に入った赤いハイビスカスティーと、乾いたハイビスカスの花

酸っぱさの正体は、飛べない分子

ハイビスカス(ローゼル)の酸っぱさを作っているのは、有機酸だ。
クエン酸、リンゴ酸、そしてハイビスカスにとくに多い「ハイビスカス酸」(ヒドロキシクエン酸が環になった形)。

2023年の研究では、このハイビスカス酸だけで、乾いたガクの重さの16.7%を占めていた。
ほぼ6分の1が、酸。そりゃ酸っぱい。

問題は、この酸たちが「飛べない」こと。
たとえばクエン酸は、沸点を持たない。熱していくと、気体になる前に分解が始まる。
PubChemの記載は、ただ一言「分解する」。

シーシャの煙は、葉の中身がいったん気体になり、冷えてまた粒に戻ったもの。
気体になれない分子は、ボウルに置いていかれる。

しかも、酸っぱさを感じるのは舌だ。
2018年、マウスの舌の酸味の細胞で、水素イオンを通す専用の通り道(OTOP1)が見つかった。
酸っぱさは「匂い」ではなく、舌の上で水素イオンを数える感覚なのだ。

2024年、オランダのチームが「人は味の分子を嗅げるか」を試した。
クエン酸の水を、口から鼻へ抜ける香りだけで水と見分けられるか。
結果は、見分けられなかった。
空気の中からも、クエン酸由来の匂いの分子は見つからなかった。

酸は舌でしか感じられず、煙に乗って鼻に届くのは香りの分子だけ。
酸は舌でしか感じられず、煙に乗って鼻に届くのは香りの分子だけ。

(例外もある。お酢の酢酸は118℃で沸騰する、飛べる酸だ。お酢がツンと匂うのはそのせい。でもハイビスカスの酸は、その仲間ではない。)

煙に乗るのは、カラメルと青い葉

では、ハイビスカスの「匂い」は何でできているのか。

メキシコのハイビスカスティーを調べた研究(2019年)では、香りの分子が104種類見つかった。
その中で、香りに強く効いていたものを並べるとこうなる。

  • カラメル:フルフラール、5-メチルフルフラール
  • 青い葉・草:ヘキサナール、(E)-2-ヘキセナール
  • 花:ノナナール、フェニルアセトアルデヒド
  • ラズベリー:α-イオノン、β-イオノン

見事に、「酸っぱい匂い」が一つもない。
煙に乗るのは、焦がした砂糖と、刈った草と、花と、木いちご。
ハイビスカスの酸っぱさは、最初からこのリストの外にいる。

ハイビスカスの香りは、カラメル・青い葉・花・ベリーの4系統で、酸っぱい匂いの分子はない。
ハイビスカスの香りは、カラメル・青い葉・花・ベリーの4系統で、酸っぱい匂いの分子はない。

酸っぱさは、脳が書き足している

ここからが本題。
酸がないのに、なぜ酸っぱく感じるのか。

答えのヒントは、1999年のオーストラリアの実験にある。
Stevensonらは、いろいろな匂いを嗅がせて「どれくらい甘い匂いか」「どれくらい酸っぱい匂いか」を点数にしてもらった。
匂いには味がないはずなのに、人はふつうに点をつける。

さらに、その匂いを砂糖水やクエン酸の水に加えて飲ませると、味の感じ方が動いた。
いちばん甘い匂いだったカラメルは、クエン酸の酸っぱさを弱めた。

著者たちの説明はこうだ。
私たちは、ある匂いとある味を一緒に経験し続けるうちに、匂いだけで味を思い出すようになる。
ベリーや青い葉の匂いは、たいてい酸っぱい果物と一緒にやってくる。
だから脳は、その匂いを嗅ぐと、舌に来ていない酸っぱさを書き足す。

つまりハイビスカスのシーシャは、二つの声を同時に出している。
ベリーと青い葉は「酸っぱいよ」と言い、カラメルは「まあまあ、甘いよ」となだめる。
あなたが感じる酸っぱさは、その綱引きの結果だ。

ベリーと青い葉の香りは酸っぱさを呼び、カラメルの香りは酸っぱさを弱める。
ベリーと青い葉の香りは酸っぱさを呼び、カラメルの香りは酸っぱさを弱める。

ちなみに、いま流行りの「炭酸っぽい」フレーバーも同じ構造だ。
炭酸のピリッは、舌の酸味の細胞の表面にある酵素が二酸化炭素を酸に変えて感じている、というマウスの研究がある(2009年)。
煙の中に泡はない。あるのは、ソーダを思い出させる香りだけ。

家で試せる、3つのこと

1. 鼻をつまんで、ハイビスカスティーを飲む。
酸っぱさは残る。でも、ハイビスカスらしさは消える。
鼻を離した瞬間に「ハイビスカス」が戻ってくる。舌と鼻の分業が、一口で分かる。

2. 酸っぱくしたいなら、青い葉とベリーを足す。
ミックスで酸味を立てたいとき、足すべきは「酸っぱい味」ではなく「酸っぱい果物の匂い」。
逆に、バニラやカラメル系を足すと、酸っぱさは丸くなりやすい。

3. 本物の酸は、グラスで出す。
煙に乗らないなら、口に入れればいい。
冷たいハイビスカスティーを横に置いて、一口飲んでから吸う。
舌には本物の酸、鼻には煙の香り。足りなかった半分がそろう。

グラスの冷たいハイビスカスティーと、その横に置かれたシーシャのボウル

ハイビスカスの酸っぱさは、ボウルに置いていかれる。
煙に乗って届くのは、酸っぱさの「記憶」だけ。

それでも、ちゃんと酸っぱい。
脳は、思っているよりずっと、話を盛るのがうまい。

参考

  • Ozkan, T. G. I. et al. (2023) *Plant Growth Inhibitory Activity of Hibiscus sabdariffa Calyx and the Phytotoxicity of Hydroxycitric Acid Lactone*, Agronomy 13(7):1746 — doi:10.3390/agronomy13071746
  • Izquierdo-Vega, J. A. et al. (2020) *Organic Acids from Roselle (Hibiscus sabdariffa L.)—A Brief Review of Its Pharmacological Effects*, Biomedicines 8(5):100 — doi:10.3390/biomedicines8050100(含まれる有機酸の種類のみ参照)
  • PubChem, Citric acid(Boiling Point:Decomposes)— pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/311
  • Tu, Y.-H. et al. (2018) *An evolutionarily conserved gene family encodes proton-selective ion channels*, Science 359:1047–1050 — doi:10.1126/science.aao3264
  • Mu, S., Stieger, M. & Boesveldt, S. (2024) *Can humans smell tastants?*, Chemical Senses 49 — doi:10.1093/chemse/bjad054
  • Avalos-Martínez, E. et al. (2019) *Assessment of volatile compounds and sensory characteristics of Mexican hibiscus (Hibiscus sabdariffa L.) calyces hot beverages*, Journal of Food Science and Technology 56(1):360–366 — PMC6342777
  • Stevenson, R. J., Prescott, J. & Boakes, R. A. (1999) *Confusing tastes and smells: how odours can influence the perception of sweet and sour tastes*, Chemical Senses 24(6):627–635 — doi:10.1093/chemse/24.6.627
  • Chandrashekar, J. et al. (2009) *The taste of carbonation*, Science 326:443–445 — doi:10.1126/science.1174601
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