杏仁豆腐とサクランボは、同じ匂い。

杏仁豆腐とサクランボは、同じ匂い。

文:オリバ(deeep 研究係)


杏仁豆腐を一口。
チェリー味の飴をひとつ。

目を閉じて、鼻だけで比べてみてほしい。
奥のほうで、同じ匂いが鳴っている。

名前は、ベンズアルデヒド。
苦いアーモンドの匂い、と言われる分子だ。

でも、ちょっと待って。
杏仁豆腐はアンズの種。チェリーはサクランボの実。
食べる場所が、そもそも違う。

なぜ、種と実が同じ匂いになるのか。

白い器の杏仁豆腐と、つやのある赤いサクランボが、同じ木のトレーに並んでいる

同じ一族の、種の匂い

杏仁豆腐の「杏仁」は、アンズの種の中身のこと。
アンズも、アーモンドも、サクランボも、モモも、ウメも、植物の分類ではみんなサクラ属の仲間だ。

そしてサクラ属の種には、アミグダリンという物質が入っている。
これ自体は、ほとんど匂わない。

匂いが出るのは、種が壊れたとき。

アンズ、アーモンド、サクランボ、モモ、ウメ。サクラ属の種は、壊れると同じベンズアルデヒドを出す。
アンズ、アーモンド、サクランボ、モモ、ウメ。サクラ属の種は、壊れると同じベンズアルデヒドを出す。

壊れたときだけ、匂いが出る

1967年、HaismanとKnightは、アーモンドから取った酵素でアミグダリンを分解し、何がどの順に出てくるかを調べた。

答えは、3段階。

  • アミグダリン → プルナシン + ブドウ糖
  • プルナシン → マンデロニトリル + ブドウ糖
  • マンデロニトリル → ベンズアルデヒド + 青酸

最後の一歩で、甘い匂いと、毒が同時に生まれる。

ここで、私はぞくっとした。
種の中には、材料(アミグダリン)も、ハサミ(酵素)も、両方そろっている。
なのに、ふだんは何も起きない。

1994年、米アイオワ大学のPoultonとLiが、プラムとブラックチェリーの種でその理由を確かめている。
アミグダリンは子葉の細胞に、酵素は別の細胞に。
材料とハサミが、別の部屋にしまってあるのだ。

かじられたり、つぶされたりして部屋の壁が壊れると、はじめて両者が出会う。
ベンズアルデヒドの香りは、種が「やられた」ときの匂い、ということになる。

材料と酵素は別の細胞にある。種が壊れて出会うと、3段階でベンズアルデヒドが生まれる。
材料と酵素は別の細胞にある。種が壊れて出会うと、3段階でベンズアルデヒドが生まれる。

生のサクランボは、チェリー味ではない

では、サクランボの実はどうか。

2014年、中国のWenらは、3品種のサクランボ(甘果桜桃)の香りを分析した。
見つかった香り成分は97種。
ベンズアルデヒドも、量の多い成分のひとつには入っていた。

ところが、実際に「匂いとして効いている」度合いを計算すると、上位は別の顔ぶれだった。

  • β-イオノン(スミレのような香り)
  • ヘキサナール(刈った草のような青い香り)
  • デカナール
  • (E)-2-ヘキセナール(青葉の香り)

果肉の主役は、青さと花っぽさ。
私たちが「チェリー味」と呼ぶ、あの杏仁っぽい甘い匂いではない。

じゃあ、チェリー味はどこから来たのか。
香料の歴史を研究する人によれば、昔のチェリーの香りは、野生のチェリーや、マラスキーノのようなチェリーのリキュールに寄っていたとされる。
種ごと漬けたり、種の香りがしみたりする飲み物だ。

つまり、チェリー味の正体は、サクランボの種の匂い。
実を食べるときには、ほとんど出会わない匂いが、「チェリー」の名前を背負っている。

生のサクランボの香りの主役は青さと花。チェリー味の主役は、種の匂いのベンズアルデヒド。
生のサクランボの香りの主役は青さと花。チェリー味の主役は、種の匂いのベンズアルデヒド。

ちなみに、いまのベンズアルデヒドは、ほとんどが工場で合成されたもの。
米パデュー大学の発表では、植物から取り出されるのは世界の生産量の1.5%だけだという。

ロシアには、チェリョームハ(エゾノウワミズザクラ)という野生のサクラ属を使ったシーシャの味もある。
その花の香りも、ベンズアルデヒドが中心とされる。
同じ一族は、国が変わっても同じ匂いで呼ばれている。

前に書いた水の話では、ベンズアルデヒドは水を通ると約10分の1に減る、という報告を紹介した。
チェリー系は、ボトルの水で香りが目減りしやすい味なのかもしれない(ほとんど変わらないという研究もある)。

ちなみに、桜餅の葉の香りは別の分子、クマリン。
同じサクラ属でも、葉と種では匂いの家系が違う。

家で試せる、3つのこと

1. 杏仁豆腐を食べてから、チェリー味を吸う。
一口食べて、鼻に残った匂いを覚えておく。
それからチェリー味を吸うと、奥に同じ糸が見つかる。
逆の順番でもいい。

2. アメリカンチェリーを食べた直後に、チェリー味を吸う。
今度は、違いを探す。
生の実の青さと、フレーバーの甘い杏仁っぽさ。
「チェリー」という言葉の中に、二つの匂いがいたことに気づける。

3. チェリーに、ミルク系かバニラ系を少しだけ足す。
これは私の提案。
杏仁豆腐の正体は、ベンズアルデヒドとミルクの甘さだ。
チェリーを主役にミルク系を1〜2割足すと、杏仁豆腐に寄っていくはず。
名前をつけるなら、「杏仁チェリー」。

※種を割ってかじる実験はしないでほしい。理由は、上の3段階のいちばん最後に書いてある。

割れたアーモンドの殻とアンズの種が、白い布の上に少しだけ置かれている

サクランボの味だと思っていたのは、サクランボが隠していた匂いだった。

チェリー味は、実ではなく種の記憶。
杏仁豆腐は、その記憶をいちばん素直に出したデザートなのかもしれない。

参考

  • Haisman, D. R. & Knight, D. J. (1967) *The enzymic hydrolysis of amygdalin*, Biochemical Journal 103(2):528–534 — doi:10.1042/bj1030528 / PMC1270437
  • Poulton, J. E. & Li, C. P. (1994) *Tissue Level Compartmentation of (R)-Amygdalin and Amygdalin Hydrolase Prevents Large-Scale Cyanogenesis in Undamaged Prunus Seeds*, Plant Physiology 104(1):29–35 — doi:10.1104/pp.104.1.29 / PMC159159
  • Wen, Y.-Q. et al. (2014) *Free and glycosidically bound aroma compounds in cherry (Prunus avium L.)*, Food Chemistry 152:29–36 — doi:10.1016/j.foodchem.2013.11.092
  • Huang, X.-Q. et al. (2022) *A peroxisomal heterodimeric enzyme is involved in benzaldehyde synthesis in plants*, Nature Communications 13:1352 — doi:10.1038/s41467-022-28978-2 / パデュー大学の発表 New and improved cherry flavor courtesy of the petunia flower(2022)
  • Science Friday (2017) *Why Doesn't Cherry Candy Taste Like Real Cherries?* — sciencefriday.com
  • Erythropel, H. C. et al. (2021) *Quantification of flavorants and nicotine in waterpipe tobacco and mainstream smoke and comparison to e-cigarette aerosol*, Nicotine & Tobacco Research — PMC7885788
  • Dočolomanský, P. et al. (2023) *The Use of Enzyme Systems of the Genus Prunus for the Production of Benzaldehyde*, European Pharmaceutical Journal 69(2):34–41 — doi:10.2478/afpuc-2022-0017
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