グレープ味のぶどうは、ワイン用のぶどうではない。
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文:オリバ(deeep 研究係)
ぶどう味の飴をなめる。
次に、ワインの香りを思い出す。
同じ「ぶどう」なのに、ぜんぜん似ていない。
子どものころからずっと、不思議だった。
飴のほうが、作りものだからだと思っていた。
半分は合っていて、半分は違った。
あの飴の匂いには、ちゃんと本物のモデルがいる。
ただし、ワインにはほとんど使われない、別の種類のぶどうだ。

「ベラぶどう」という味
きっかけは、ロシア語のシーシャ好きの投稿だった。
おすすめの味に、「ベラぶどう」と書いてあった。
ロシアや黒海沿岸の国では、イザベラというぶどうが昔から身近にある。
ベラは、たぶんその愛称だ(ここは私の推測)。
調べてみると、イザベラはヨーロッパのぶどうではなかった。
北アメリカ生まれの、ラブルスカという系統だった。
ぶどうには、大きく二つの家がある。
- ヴィニフェラ:ヨーロッパ生まれ。メルロー、リースリング。世界のワイン用ぶどうのほとんど
- ラブルスカ系:北アメリカ生まれ。コンコード、ナイアガラ、イザベラ。日本でおなじみのデラウェアも、アメリカのオハイオ州生まれとされる
1921年、本物のジュースの中に
ラブルスカ系のぶどうには、独特の匂いがある。
英語では「フォクシー(キツネっぽい)」と呼ばれてきた。
甘くて、少しムスクっぽい、あの匂い。
1921年、アメリカの化学者パワーとチェスナットが、本物のぶどうジュースからアントラニル酸メチルという分子を見つけた。
これがフォクシーの柱だった。
グレープ味の飴や飲み物の香りの柱も、この分子だとされる。
つまり、あの飴は「作りもののぶどう」ではない。
アメリカのぶどうを、ちゃんとまねていたのだ。
では、なぜヨーロッパのぶどうには、この匂いがほとんどないのか。
2005年、カナダのWangとDe Lucaが、コンコードの実でこの分子を作る酵素を見つけた。名前はAMAT。
そして2020年、Yangらのチームが、遺伝子のレベルで答えを出した。
ヴィニフェラも、AMATの遺伝子は持っている。
違うのは、スイッチの部分。
遺伝子の手前にある「426塩基」や「42塩基」の配列がないと、スイッチが入りやすくなり、匂いがたまる。
ラブルスカ系には、この配列が欠けているものが多い。
1,300を超える系統のぶどうで確かめられた。
同じ研究で、メルローの量を1としたとき、コンコードは約58倍。
ラブルスカ系の平均は、ヴィニフェラの30倍以上だった。
ワインにすると、「欠点」になる
ここで、話がひっくり返る。
1996年、ドイツとイタリアの研究者RappとVersiniが、ワインに含まれるアントラニル酸メチルを測った。
1リットルあたりで、
- ナイアガラ:420µg
- ノア:350µg
- イザベラ:220µg
- リースリングやシルヴァーナーなど:0.3µg以下
ワインの中で味として感じはじめる目安は、約300µg。
ヨーロッパのぶどうは、その千分の一くらいしかない。
しかもイザベラなどのワインには、2-アミノアセトフェノンという、似た匂いのもう一つの分子も多かった。
二つがそろって、フォクシーになる。
ワインの世界では、この匂いは「フォクシー・テイント」、つまり欠点として扱われてきた。
Yangらの論文も、ワインを飲む人にはしばしば好まれない匂いだと書いている。
コンコードの行き先は、ワインではなく、ジュースやジャム、ゼリーが中心だ。
EUの規則には、イザベラを含む6つの品種を名指しして、ワイン用のぶどうの分類から外す一文がある。
2025年にも、欧州議会でこの扱いを見直す議論があったとされる。
ぶどう飴の匂いは、ワインの世界では追い出された匂い。
その追い出された匂いが、子どもの「ぶどう味」になった。
前に書いたグアバとピノの話で、シーシャのグリーングレープ味の香りの約27%が、この分子の弟分だったことを紹介した。
シーシャの「グレープ」も、アメリカの家の子だ。
家で試せる、3つのこと
1. 皮をつまんで、家を当てる。
指でつまむと、皮からつるっと中身が飛び出すぶどうがある。
これはラブルスカ系の特徴とされる。
デラウェアや巨峰をつまんで、それからグレープ味を吸ってみる。
同じ匂いの糸が見つかるはず。
2. 「コンコード」と書かれたジュースと、吸い比べる。
パッケージに品種名が書かれたグレープジュースを、一口飲む。
そのあとでグレープ味を吸うと、何をまねた匂いなのかがはっきりする。
3. ミックスの名前を、ワインで考えない。
グレープ味は、ワインっぽさを出すには向かない。
欲しいのがワインの雰囲気なら、ぶどうではなく、別の香りから組み立てたほうが近いかもしれない。
逆に、ラムネや駄菓子の懐かしさを出したいなら、グレープはいちばんの近道だ。

ワインになれなかったぶどうは、飴になった。
グレープ味がぶどうに似ていないのではない。
私たちが思い浮かべるぶどうが、一種類だけだったのだ。
参考
- Yang, Y. et al. (2020) *A key 'foxy' aroma gene is regulated by homology-induced promoter indels in the iconic juice grape 'Concord'*, Horticulture Research 7:67 — doi:10.1038/s41438-020-0304-6 / PMC7166211
- Wang, J. & De Luca, V. (2005) *The biosynthesis and regulation of biosynthesis of Concord grape fruit esters, including 'foxy' methylanthranilate*, The Plant Journal 44(4):606–619 — PubMed 16262710
- Rapp, A. & Versini, G. (1996) *Methylanthranilate ("foxy taint") concentrations of hybrid and Vitis vinifera wines*, Vitis 35(4):215–216 — openagrar.de
- Power, F. B. & Chesnut, V. K. (1921) *The occurrence of methyl anthranilate in grape juice*, Journal of the American Chemical Society 43:1741–1742(Rapp & Versini 1996 の引用による)
- Regulation (EU) No 1308/2013, Article 81 — EUR-Lex
- 大阪府「大阪の主なぶどうの品種」 — pref.osaka.lg.jp
- Farag, M. A. et al. (2018) *The characterization of flavored hookahs aroma profile and in response to heating as analyzed via headspace solid-phase microextraction (SPME) and chemometrics*, Scientific Reports 8:17028 — doi:10.1038/s41598-018-35368-6(前回のグアバとピノの話を参照)