トウモロコシと緑茶は、同じ匂いを持っている。
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文:オリバ(deeep 研究係)
中国の重慶に、「ゆでトウモロコシの香りがする緑茶」がある。
比喩じゃない。
論文のタイトルに、そう書いてある。
湯のみから、夏の屋台の匂いが立つ。
変わった茶葉の話かと思ったら、そうでもなかった。
ふつうの緑茶にも、同じ匂いがちゃんと入っている。

畑の野菜と、茶畑の葉。
なぜ同じ匂いになるのか。
ゆでコーンの匂いは、硫黄でできている
1974年、アメリカの研究者FloraとWileyは、ゆでたスイートコーンの鍋の上の空気を集めた。
いちばん多かった香りの分子は、ジメチルスルフィド(DMS)。
においを人の鼻で一つずつ確かめると、「ゆでコーンらしさ」の主役もやはりDMSだった。
DMSは、硫黄を1つ持つ小さな分子だ。
濃いと、キャベツや磯っぽい、ちょっと困った匂いがする。
ところが薄まると、あの甘い湯気になる。
しかも鼻がとても敏感に拾う。
水1リットルに0.12μg(1グラムの約1000万分の1)溶けているだけで、においとして分かるという測定がある。
沸点は約37℃。体温くらいで、もう空気に逃げていく。
ちなみに同じ1974年の論文では、パネルが感じた「おいしさ」のうち香りの寄与は15%で、甘さ55%、食感30%だった。
香りは脇役。でも、目を閉じて「トウモロコシだ」と分かるのは、この15%のおかげだ。
素は、熱で壊れる
では、DMSはどこから来るのか。
素になっているのは、S-メチルメチオニン(SMM)というアミノ酸の仲間。
熱に弱く、加熱されると分解してDMSを放つ。
1968年にはもう、スイートコーンのDMSにはこの「前駆体」があると報告されていた。
つまり、ゆでコーンの匂いは、畑からそのまま来るわけじゃない。
鍋の中で、熱が組み立てている。
SMMはトウモロコシだけのものではない。
ドイツの研究チームが野菜を測ったところ、セロリが1kgあたり176mgでいちばん多く、トマトは2.8mgだった。
ゆでた野菜に共通する「火の通った匂い」の一部は、同じ素から出ている。
茶葉にも、同じ素が入っている
そして、ここで緑茶が出てくる。
茶葉にもSMMが入っている。
中国・安徽農業大学のZhaiらは2022年、茶葉を淹れる前と後でDMSを比べた。
緑茶、紅茶、黄茶、白茶のどれでも、淹れるとDMSは3.5倍以上に増えた。
お湯の中で、SMMの44〜80%がDMSに分解していた。
茶葉を乾かす工程でも、一部(緑茶で約12%)がDMSに変わっていた。
急須の中でも、鍋のトウモロコシと同じことが起きている。
冒頭の重慶の緑茶は、その極端な例だ。
「中黄1号」という品種で作ると、はっきりゆでコーンの香りがする。
Liaoら(2020年)の分析では、香りの個性に占めるDMSの割合が約72%。
一般的な品種「福鼎大白」で作った緑茶は約38%だった。
生の葉のSMMも、中黄1号のほうが多かった。
素が多い葉は、ゆでコーンに寄っていく。
緑茶の中には、もともとトウモロコシが少し住んでいる。
焼くと、別の顔になる
ただし、トウモロコシの匂いは一つではない。
焼きトウモロコシや、ポップコーンを思い出してほしい。
あれは香ばしい。硫黄の甘さとは、まるで違う。
カイロ大学のFaragら(2019年)は、トウモロコシを焼いて香りを調べた。
強く焼いたものでは、検出された香りの成分の約81%がピラジン類だった。
糖とアミノ酸が高温で反応してできる、ナッツやパンの皮のような香りの一族だ。
ちなみにFaragは、以前この連載で紹介した「シーシャのフレーバー13製品を分子に分解した」研究の著者でもある。
ポップコーンの香ばしさの主役は、2-アセチル-1-ピロリンという別の分子だと、1991年に特定されている。
面白いのは、お茶も同じ二面を持っていること。
2025年の研究では、香ばしさの強い緑茶ではピラジン類がその香りに効いていて、別の品種の「ゆでコーンの香り」はDMSから来ていた。
ゆでるとDMS。焼くとピラジン。
トウモロコシとお茶は、ゆで方と焼き方まで似ている。
シーシャのボウルでは、どうなるか
ここからは、オリバの推測が入る。
コーン味のフレーバーは、日本でもロシアでも新作として見かけるようになった。
「ゆでたトウモロコシ」とはっきり名乗るものもあると聞く。
もしその香りがDMS寄りで組まれているなら、沸点37℃の分子だ。
ヘッドの中は数百℃になる。
ゆでコーンの香りは、たぶん序盤にいちばん強く出て、早めに引いていく。
反対に、焼きの香りのピラジン類はもっと沸点が高い。
後半まで残りやすいのは、こちらのはず。
同じ「コーン味」でも、ゆでか焼きかで、セッションの中の出番が違うかもしれない。
家で試せる、3つのこと
1. 緑茶の湯気を、鼻で読む。
淹れたての湯のみに鼻を近づける。
奥のほうに、ほんのり甘い湯気がいたら、それがDMS。
一度気づくと、もう緑茶からトウモロコシが消えなくなる。
2. ゆでたものと焼いたものを、嗅ぎ比べる。
同じトウモロコシを半分はゆで、半分は焼く。
甘い湯気(DMS)と、香ばしさ(ピラジン)。
シーシャのコーン味がどちら寄りかも、これで読めるようになる。
3. コーンと緑茶を、同じボウルに。
分子でつながっているものは、混ぜてもけんかしにくい。
緑茶系をベースに6、コーン系を3、残り1を引き立て役に。
コーンが序盤で引いていっても、緑茶がその奥で同じ匂いを鳴らし続ける、はず。
焼きの香りのコーンなら、ほうじ茶のような火の香りのお茶と合わせるのも手だ。

鍋の湯気と、急須の湯気。
どちらも、熱で壊れた同じ分子でできている。
夏のトウモロコシは、毎日お茶の中にいた。
参考
- Flora, L. F. & Wiley, R. C. (1974) *Sweet corn aroma, chemical components and relative importance in the overall flavor response*, Journal of Food Science 39:770–773 — doi:10.1111/j.1365-2621.1974.tb17976.x
- Bills, D. D. & Keenan, T. W. (1968) *Dimethyl sulfide and its precursor in sweet corn*, Journal of Agricultural and Food Chemistry 16:643 — doi:10.1021/jf60158a029
- Scherb, J. et al. (2009) *Quantitation of S-methylmethionine in raw vegetables and green malt by a stable isotope dilution assay using LC-MS/MS*, Journal of Agricultural and Food Chemistry 57:9091 — doi:10.1021/jf901765q
- Zhai, X. et al. (2022) *Formation of dimethyl sulfide from the decomposition of S-methylmethionine in tea (Camellia sinensis) during manufacturing process and infusion brewing*, Food Research International 162:112106 — PubMed 36461406
- Liao, X. et al. (2020) *Identification of key odorants responsible for cooked corn-like aroma of green teas made by tea cultivar 'Zhonghuang 1'*, Food Research International 136:109355 — PubMed 32846541
- Li, Y. et al. (2025) *Metabolomics and sensory evaluation reveal the influence of four albino tea cultivars on the quality of processed green tea*, Food Research International 209:116180 — PubMed 40253163
- Farag, M. A. et al. (2019) *Effect of grilling as processing method on Zea mays (corn) metabolites composition as analyzed via SPME GC-MS and chemometrics*, Journal of Food Processing and Preservation 43:e14165 — doi:10.1111/jfpp.14165
- Schieberle, P. (1991) *Primary odorants in popcorn*, Journal of Agricultural and Food Chemistry 39:1141 — doi:10.1021/jf00006a030
- PubChem, Dimethyl sulfide(沸点)— pubchem.ncbi.nlm.nih.gov