名前は百通り、香りの家族は3つ。

名前は百通り、香りの家族は3つ。

文:オリバ(deeep 研究係)


ピーチ、ブルーベリー、グアバ、パッションフルーツ。
メニューの名前は、見るたびに増えている。

でも、缶の中に入っている香りの分子を並べてみると、景色が変わる。
名前はばらばらなのに、中身は驚くほど似ている。

オランダで売られていたシーシャの葉、249製品。
その原材料の届け出を、オランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)のチームが集計した(Bakker-'t Hartら、2022年)。

いちばん多く入っていた香料は、イチゴでもリンゴでもなかった。
バニリン。バニラの香りの主役だ。
249製品の59%に入っていた。

フルーツ味の缶にも、半分以上の確率でバニラがいる。

フルーツ味が8割近いのに、いちばん多く入っている香料はバニラの分子だった。
フルーツ味が8割近いのに、いちばん多く入っている香料はバニラの分子だった。
いくつものシーシャの缶が並び、ふたの開いた缶から果物とバニラのさやがのぞいている

なぜ、フルーツの缶にお菓子の匂いが入っているのか。
そして、なぜ名前が増えても「どこかで吸ったことのある味」になるのか。

フルーツ味の8割に、お菓子が混ざっている

同じ研究で、249製品のうち分類できた237製品を味で分けると、フルーツ系が78%。
キャンディ系、飲み物系、ミント系は、それぞれ1割にも届かない。

ところが、入っている香料のランキングはこうなる。

  • バニリン(バニラ):59%
  • エチルバニリン(バニラをさらに甘く強くした分子):47%
  • ジヒドロクマリン(干し草やトンカ豆のような甘さ):41%
  • 酪酸エチル(パイナップルのような果実香):40%
  • 酢酸エチル(熟れた果物、少し溶剤っぽい):34%
  • 2-メチル酪酸エチル(青リンゴのような果実香):31%
  • マルトール(カラメル、わたあめ):27%
  • 酢酸イソアミル(バナナ):25%
  • メントール:25%

上位3つが、全部「甘い・お菓子」側。
果物らしい分子は、その下からやっと出てくる。

フルーツの名前で売られている缶の正体は、
果実の香り+お菓子の香りのセットらしい。

ちなみに、ここに出てくる酢酸イソアミルは、本物のバナナの香りの中心にいる分子だ。
4缶に1缶。メロンやベリーの缶の奥に、バナナが一本隠れていることになる。

3つの家族は、製品をまたいでも同じ

2026年、同じRIVMのHellmichらが、もっと大きな地図を描いた。
対象は、紙巻き、葉巻、加熱式、電子たばこのリキッド、そしてシーシャの葉まで、オランダ市場の11種類の製品。
香料として届け出られた2,266種の分子を、ニューラルネットの一種(自己組織化マップ)で似たもの同士に並べた。

結果として、製品の種類が違っても「この分子の組み合わせなら、この名前」が揃っていたのは、3つの系統だけだった。

  • クリーミー・バニラの家族:バニリン、エチルバニリン、アセトイン(バターのような香り)
  • 甘いフルーツの家族:ヘキサン酸エチル(リンゴやパイナップル)、フラネオール(イチゴ)、マルトール
  • ミントの家族:メントール

それ以外の味は、製品ごとにばらばらで、法則が見えにくかったという。

名前は無数にあっても、分子でたどると3つの家族に帰ってくる。
名前は無数にあっても、分子でたどると3つの家族に帰ってくる。

おもしろいのは、マルトールがどこにいるか。
わたあめやカラメルの匂いなのに、甘いフルーツの家族に入っている。
つまり作り手にとって、「熟れた果物」と「焦がした砂糖」は、ほぼ同じ棚の材料なのだ。

フルーツ味がどこかお菓子っぽいのは、気のせいではなかった。

なぜ、お菓子の匂いを足すのか

ここからは、オリバの読み。

果物の香りの分子(エステル類)は、軽くて、華やかで、すぐ飛ぶ。
一口目の「わ、ピーチ」は彼らの仕事だ。
でも、それだけだと香りが細くて、輪郭しか残らない。

そこにバニリンやマルトールを足すと、香りに厚みが出る。
ケーキのスポンジにあたる部分だ。
果物の香りは、その上に乗るクリームといちごのようなもの。

もうひとつ。
バニラやカラメルの匂いは、それ自体に砂糖が入っていなくても「甘い」と感じさせやすい。
1999年のオーストラリアの実験では、20種類の匂いのうち、いちばん甘い匂いだと評価されたカラメルの香りが、砂糖水の甘さを強め、酸っぱさを弱めた(Stevensonら)。
葉には糖もグリセリンもたっぷり入っているけれど、鼻からの「甘い」を足すと、甘さの印象がもう一段上がる。

だから名前が変わっても、土台はいつもの甘い家族。
新作を吸って「あれ、知っている味だ」と思うのは、その土台を舌ではなく鼻が覚えているからだと思う。

なお、どちらの研究も、メーカーが届け出た原材料のリストを集計したものだ。
煙の中で実際にどの分子がどれだけ届くかは、また別の話になる。

白い皿の上に、半分に切った桃とバニラのさや、小さなわたあめが並んでいる

家で試せる、3つのこと

1. 吸う前に、家族を当てる。
缶を開けて、まず嗅ぐ。
バニラっぽいか、ジャムっぽいか、スーッとするか。
名前を見ずに家族を当てるだけで、鼻の解像度が上がる。

2. 本物の果物と並べて嗅ぐ。
バナナ味ならバナナを、ピーチ味なら桃を横に置く。
本物にはない「お菓子の層」が、缶の側にだけあるのが分かるはず。
それが、さっきのバニリンやマルトールの居場所だ。

3. ミックスは、家族をまたぐ。
同じ家族同士を混ぜると、土台が重なって溶け合いやすい。
輪郭がほしい日は、フルーツの家族にミントの家族を少し。
まろやかにしたい日は、フルーツの家族にクリーミーの家族を少し。
仮説だけど、試す価値はある。


メニューの名前は、これからも増え続ける。
でも、鼻の中の家系図は、たぶん3本の枝のまま。

名前に迷ったら、家族で選べばいい。

参考

  • Bakker-'t Hart, I. M. E. et al. (2022) *Flavours and flavourings in waterpipe products: a comparison between tobacco, herbal molasses and steam stones*, Tobacco Control — PMC10447401 / doi:10.1136/tobaccocontrol-2021-056955
  • Hellmich, I. M. et al. (2026) *Mapping the flavoring landscape: a comparative analysis of tobacco and related products*(オランダ保健福祉スポーツ省の資金), Nicotine & Tobacco Research 28(8):1372–1382 — PMC13389532 / doi:10.1093/ntr/ntag029
  • Stevenson, R. J., Prescott, J. & Boakes, R. A. (1999) *Confusing tastes and smells: how odours can influence the perception of sweet and sour tastes*, Chemical Senses 24(6):627–635 — doi:10.1093/chemse/24.6.627
  • PubChem, Isoamyl acetate(香りの記述)— pubchem.ncbi.nlm.nih.gov
  • The Good Scents Company, Maltol(香りの記述)— thegoodscentscompany.com
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