タイバジルは、ダブルアップルの親戚。
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文:オリバ(deeep 研究係)
グリーンカレーを食べた夜、ダブルアップルを吸った。
そして、少し混乱した。
同じ匂いがする。
カレーの上に乗っていた、あの甘くてスッとする葉っぱ。
それが、リンゴ味のはずのシーシャの奥にもいる。
気のせいかと思って調べたら、気のせいではなかった。
タイバジルとダブルアップルは、香りの家系図で、ほとんど隣に座っている。

「バジル」は、ひとつの匂いじゃない
まず、バジルの話から。
イタリアのバジルとタイのバジルは、同じ名前で、別の匂いがする。
ブラジルの研究チーム(da Costaら、2015年)は、38系統のバジルの精油を分析した。
ピザやジェノベーゼソースでおなじみの「ジェノベーゼ」種は、リナロールが75%。花のような、やわらかい甘さの香りだ。
次が1,8-シネオール12%。ユーカリのような、スッと抜ける香り。
そして、アニスっぽい香りのもとエストラゴールは、0%だった。
一方、タイで採れたバジルの精油を調べた研究(Bunrathepら、2007年)では、エストラゴールが92%。
ほぼ、それ一色。
エストラゴールは、別名メチルチャビコール。アニスに似た甘い香りを持つ分子だ。
タイのチェンマイ大学のチーム(Tangpaoら、2018年)も、タイバジル(var. thyrsiflorum)の精油でいちばん多い成分はエストラゴールだったと報告している。
花とユーカリのバジル。アニスのバジル。
同じ「バジル」でも、鼻が受け取っている情報はまるで違う。
アネトールと、二重結合ひとつ違い
ここで、以前の記事「ダブルアップルは、リンゴ2個ではない。」を思い出してほしい。
ダブルアップルの香りの過半は、リンゴではなくアネトール。アニスや八角の香りのもとだった。
では、タイバジルのエストラゴールと、ダブルアップルのアネトール。
並べてみると、ちょっと笑ってしまう。
どちらも、炭素10個・水素12個・酸素1個。部品の数がまったく同じ。
六角形のベンゼン環に、片側はメトキシ基(-OCH₃)、反対側には炭素3つの「しっぽ」。形もほぼ同じ。
違うのは、しっぽの中の二重結合の位置だけ。
しっぽの先にあれば、エストラゴール。
根元寄りにあれば、アネトール。
化学でいう「異性体」。双子とまでは言わないけれど、いとこくらいには近い。
植物の中でのつくり方も、途中までいっしょだ。
どちらも、同じ材料(p-クマリルアセテート)から出発する。
そこに働く酵素が、二重結合をしっぽのどこに置くかを決める。
バジルの酵素は先端に置いてチャビコールに、アニスや八角の酵素は根元寄りに置いてアノールにする。
最後に、どちらもメチル基がひとつ付いて完成する。
材料も同じ。仕上げも同じ。分かれ道は、途中の酵素ひとつ。
だから鼻には、どちらも「アニスっぽい」と届く。
タイバジルとダブルアップルが似て感じるのは、遠い親戚が同じ顔つきをしているからだ。
同じ「タイバジル」でも、一枚岩じゃない
ただし、話はそんなにきれいには終わらない。
アルメニアの研究チーム(Avetisyanら、2017年)は、タイバジル系の品種を標高1,600mの畑で育てて調べた。
すると主役はリナロール68%。エストラゴールは20%にとどまった。
同じ名前の苗でも、種の系統や育つ土地で、香りの配合は入れ替わる。
だから研究者は、バジルを品種名ではなく、多い成分で「タイプ」に分ける。リナロール型、エストラゴール型、メチルオイゲノール型、桂皮酸メチル型、という具合に。
名前は目安。決め手は、その葉に何の分子が多いか。
ちなみに、ガパオライスに使う「ガパオ」は、タイバジルとは別の植物、ホーリーバジルだ。
こちらはメチルオイゲノールが主役で、アニスというより、スパイス寄りの香りになる。
これは、シーシャのフレーバーにもそのまま当てはまる。
この秋も、バジル味の新作が国内の棚に並んだ。
でも「バジル」とだけ書かれていても、どのバジルの匂いを狙ったかで、まったく別の味になる。
花っぽく甘ければ、ジェノベーゼ寄り。
奥に八角のような甘さがあれば、タイバジル寄り。
スパイスが立てば、ホーリーバジル寄り。
ハーブ味は、品種の匂いで読む。
そう決めてから、新作を吸うのがぐっと楽しくなった。
家で試せる、3つのこと
1. スーパーのバジルと、タイバジルを嗅ぎ比べる。
スーパーのスイートバジルと、アジア食材店のタイバジル。葉を1枚ずつ指でこすって嗅ぐ。
花とユーカリか、アニスか。分子の名前を知っていると、鼻の答え合わせがはっきりする。
2. タイバジルを嗅いでから、ダブルアップルを吸う。
前回は八角を隣に置いた。今回は、そのいとこを置く。
リンゴの奥のアニスが、少し緑がかって感じられるかもしれない。
3. ハーブ味の新作は、最初の一口で「どのバジルか」を当てる。
花か、アニスか、スパイスか。
当たりがつけば、ミックスの相手も選びやすい。アニス寄りなら、同じ系統のアップルと重ねてみる、というように。

リンゴの奥にいたアニスは、
タイの台所では、バジルの顔をしていた。
二重結合ひとつ分の、親戚だった。
参考
- da Costa, A. S. et al. (2015) *Chemical Diversity in Basil (Ocimum sp.) Germplasm*, The Scientific World Journal 2015:352638 — PMC4299303
- Bunrathep, S., Palanuvej, C. & Ruangrungsi, N. (2007) *Chemical Compositions and Antioxidative Activities of Essential Oils from Four Ocimum Species Endemic to Thailand*, Journal of Health Research 21(3):201–206 — tci-thaijo.org
- Tangpao, T., Chung, H.-H. & Sommano, S. R. (2018) *Aromatic Profiles of Essential Oils from Five Commonly Used Thai Basils*, Foods 7(11):175 — PMC6262289
- Avetisyan, A. et al. (2017) *Chemical composition and some biological activities of the essential oils from basil Ocimum different cultivars*, BMC Complementary and Alternative Medicine 17:60 — PMC5248495
- Lenti, L. et al. (2022) *A Rapid Procedure for the Simultaneous Determination of Eugenol, Linalool and Fatty Acid Composition in Basil Leaves*, Foods 11(21):3315(バジルの香り成分と香りの特徴)— PMC9659207
- Koeduka, T. et al. (2009) *Biosynthesis of t-Anethole in Anise: Characterization of t-Anol/Isoeugenol Synthase and an O-Methyltransferase Specific for a C7-C8 Propenyl Side Chain*, Plant Physiology 149:384–394 — doi:10.1104/pp.108.128066
- Reddy, V. A. et al. (2021) *Sweet Basil Has Distinct Synthases for Eugenol Biosynthesis in Glandular Trichomes and Roots with Different Regulatory Mechanisms*, International Journal of Molecular Sciences 22(2):681 — PMC7826958
- Guo, S. et al. (2025) *A t-anol/isoeugenol synthase responsible for converting coumaryl acetate to t-anol in Illicium verum*, Science Progress 108(八角でのアネトールのつくり方)— PMC11938873
- Farag, M. A. et al. (2018) *The characterization of flavored hookahs aroma profile…*, Scientific Reports 8:17028(ダブルアップルのアネトール)— PMC6242864