ダブルアップルは、リンゴ2個ではない。

ダブルアップルは、リンゴ2個ではない。

文:オリバ(deeep 研究係)


世界でいちばん有名なシーシャのフレーバーは、
たぶん、リンゴの味がいちばんしない。

ダブルアップル。
どの店のメニューにも載っていて、初めての人にも常連にも出される定番だ。
名前だけ聞けば、甘いリンゴが2倍。

でも一口吸うと、なにか違う。
リンゴの奥に、甘くてスッとした、ちょっと薬っぽい影がいる。
あの影の正体を、化学はとっくに突き止めている。

石の上に青リンゴ1個と八角ひとつ

「リンゴ味」の半分以上が、リンゴじゃない

2018年、エジプトの研究チームが市販のシーシャ用フレーバー13製品から立ちのぼる香りを分析した。
見つかった香気成分は114種類。

その中で、2つの「アップル」味だけが、ほかとまるで違う顔をしていた。
エジプト製とUAE製、どちらのアップルも、香りの主成分がアネトールという1つの分子だったのだ。
その割合は、揮発成分全体のうち58%と82%(ピークの面積比)。
論文は、アネトールを「アップル味のマーカー」とまで書いている。

アネトールは、アニス、八角(スターアニス)、フェンネルの香りの主成分。
つまり、ダブルアップルを吸っているとき、鼻に届いている香りの過半は、リンゴではなくアニスだ。

アニス・八角・フェンネルの主成分アネトールが、アップル味とリコリス味の香りの大半を占めている。
アニス・八角・フェンネルの主成分アネトールが、アップル味とリコリス味の香りの大半を占めている。

ちなみに同じ研究のリコリス味は、アネトールが93%。
アップルとリコリスは、分子で見るとほぼ親戚だった。

アップル味の香りの58%と82%、リコリス味の93%がアネトールだった。
アップル味の香りの58%と82%、リコリス味の93%がアネトールだった。

じゃあ「2つのリンゴ」とは何なのか

アラビア語での呼び名は تفاحتين(トゥッファハテイン)。
「リンゴ」を意味する tuffaha の双数形だ。アラビア語には、単数と複数のあいだに「ちょうど2つ」を表す形がある。
だから直訳は、たしかに「2つのリンゴ」。

問題は、その2つが何を指すのか。
よく語られる説は2つある。

説1:赤と緑、2種類のリンゴ。
甘い赤リンゴと、酸っぱい青リンゴを重ねた味、という解釈。わかりやすいので、いちばん広まっている。

説2:リンゴと、アニス。
2つ目の「リンゴ」は、実はアニスのこと。2つの香りの組み合わせに名前を付けた、という解釈。

分子のデータに素直なのは、説2のほうだ。
ただし、名付けた本人の記録は見つかっていない。どちらも「そう言われている」の域を出ない。
地中海沿岸にはアラック、ウーゾ、ラクといったアニスの酒が根づいていて、その好みがフレーバーにも流れ込んだ、という見方もある。これも推測だ。

تفاحتين は「ちょうど2つ」を表す双数形で、2つ目が何かには2つの説がある。
تفاحتين は「ちょうど2つ」を表す双数形で、2つ目が何かには2つの説がある。

名前はリンゴを2つ約束し、香りはアニスを連れてくる。
その食い違いこそが、この味の個性になっている。

エジプトのコーヒー屋で育った味

ダブルアップルを語るなら、Nakhla(ナクラ)は外せない。
1913年、ナイル・デルタの町シビーン・エル・コームで創業したエジプトのシーシャ用たばこメーカーだ。
2013年には日本たばこ産業(JT)が買収した。当時の発表では、エジプトのシーシャ用たばこ市場で約7割のシェアを持っていた。
いま私たちがイメージする「ダブルアップル」の原型は、このあたりの製品だとされる。

その舞台は、エジプトのアフワ(大衆的なコーヒー屋)。
道にはみ出したプラスチックの椅子、紅茶、バックギャモン、そしてシーシャ。

人のいない早朝のアフワ

アフワの言葉もいい。
シーシャ1回分のことを ハガル(アラビア語で「石」)と呼ぶ。
そして、ホースは人の手から手へ直接渡さず、いったんテーブルに置いて次の人に回すのが作法とされる。

アフワでは、ホースを手から手へ渡さず、いったんテーブルに置いて次の人に回す。
アフワでは、ホースを手から手へ渡さず、いったんテーブルに置いて次の人に回す。

ダブルアップルは、あの喧騒の中で何十年も吸われ続けてきた味だ。

次に吸うとき、試したい3つのこと

1. 「アニスを探す」つもりで吸う。
最初の一口は甘いリンゴ。でも吐いたあと、鼻の奥に残るのは何か。そこに八角がいるはずだ。

2. 八角やフェンネルを、隣に置いてみる。
料理用の八角をひとかけ、嗅いでから吸う。ダブルアップルの輪郭が、急にくっきりする。

3. ホースは、テーブルに置いて回す。
アフワの作法をひとつ、借りてみる。味は変わらないけれど、時間の流れ方が少し変わる。


リンゴは2つ、と名前は言う。
でも、2つ目はずっと、八角の顔をしていた。

参考

  • Farag, M. A. et al. (2018) The characterization of flavored hookahs aroma profile and in response to heating as analyzed via headspace solid-phase microextraction (SPME) and chemometrics, Scientific Reports 8:17028 — PMC6242864
  • Moodie Davitt Report, "Japan Tobacco to acquire leading Egyptian shisha manufacturer Nakhla" — moodiedavittreport.com
  • TRBusiness, "Japan Tobacco to acquire shisha tobacco company" — trbusiness.com
  • Egyptian Streets, "El Ahwa: Exploring the Everyday Egyptian Man's Favourite Leisurely Haunt" (2022) — egyptianstreets.com
  • Egypt Compass, "Egyptian Coffee Culture" — egyptcompass.com
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