ベリーの中のすみれが、匂わない人がいる。
Share
文:オリバ(deeep 研究係)
「ブルーヘブンって、何の味?」
シーシャの集まりで、そんな質問が出たという投稿を見かけた。
ドバイのGolden Layalinaというメーカーの、青い名前のフレーバーだ。
答えようとして、販売店の説明を読み比べてみた。
ある店は「ブルーベリーの甘さと、ジャスミンの華やかな香り」。
別の店は「青い果実の、さわやかな甘酸っぱさ」。
同じ缶なのに、片方は花、片方は酸っぱさを推している。
書いた人の好みの違い、で片づけることもできる。
でも私は、もうひとつの可能性を考えてしまった。
そもそも、鼻が違うのかもしれない。

ベリーの奥には、すみれがいる
すみれの香りの主役は、イオノンという分子だ。
α-イオノンとβ-イオノンの組み合わせが、すみれらしさを作っている。
もとは、ニンジンやトマトの色でおなじみのカロテノイドが、切れてできるかけらだ。
このすみれの分子が、ベリーの中にいる。
ラズベリーの果汁を調べた2021年の研究では、香りに効いている14の分子のうち、においの強さの指標(OAV)がいちばん高かったのはβ-イオノン。その値は9,507。
中国東北部のブルーベリーを調べた2025年の研究でも、β-イオノンは香りにもっとも効く成分のひとつに挙げられている。
前にハイビスカスの話で、ラズベリーの匂いの家族にイオノンが出てきた。
あれは偶然ではなかった。
ベリーを「ベリーらしく」しているものの一部は、すみれなのだ。
ブルーヘブンの配合は公開されていない。
だから、ここから先は私の推理になる。
ベリーの香りを組み立てるなら、β-イオノンは真っ先に候補に挙がる分子だ。
実際、食品や香りの製品には、花のような香りを足すためにβ-イオノンが加えられている。
鼻のセンサーの、たった1か所
2013年、ニュージーランドの研究機関Plant & Food ResearchのJaegerらが、β-イオノンの感じ方のちがいを遺伝子までたどった。
見つかったのは、OR5A1という匂いのセンサー(嗅覚受容体)。
その設計図の1文字が違うだけで、センサーの183番目の部品が入れ替わる。
この1か所で、感じ方の個人差の96%以上が説明できた。
感じやすい人は、そうでない人の約100分の1の濃さで、β-イオノンに気づけるという。
そして、受け取り方そのものも変わる。
感じやすい人は、食べ物の中のβ-イオノンを「香りがいい」「花のよう」と表現した。
感じにくい人は、同じものを酸っぱい、ツンとする匂いとして語り、あまり好まなかった。
花か、酸っぱさか。
あの2つの店の説明が、急に意味ありげに見えてくる。
感じにくい人は、どれくらいいるのか
2021年、フランスとマダガスカルのチームが、マダガスカルの大学生206人で調べた。
マダガスカルの人々は、東アジア由来とアフリカ由来の遺伝子を両方受け継いでいる。
結果、全体の約4割(40.58%)がβ-イオノンに鈍い側だった。
遺伝子の組み合わせで分けると、差はくっきりしている。
- 2本とも「鈍い型」の人:95%が鈍い
- 1本でも「感じる型」を持つ人:9割以上がふつうに感じる
さらに、東アジア由来の遺伝子だけで見ると、約半分(49%)が鈍い側と推定された。
日本人で直接測った調査は、私は見つけられなかった。
ただ、この推定どおりなら、シーシャのテーブルを囲む2人のうち1人は、ベリーの奥のすみれをほとんど受け取っていない、ということになる。
同じ一台を吸っていても、隣の人とは別の体験をしているのかもしれない。
ちなみに、すみれの「葉」の青い匂い、と表現される分子は、キュウリの匂いの主役でもある。
その話は、また今度。
家で試せる、3つのこと
1. ラズベリーを、目を閉じて嗅ぐ。
花のように感じるか、ただ甘酸っぱいか。
それで、自分のセンサーがどちら側か、なんとなく見当がつく。
あくまで遊びで、診断ではないけれど。
2. 隣の人と、言葉を比べる。
同じミックスを吸って、片方が「花っぽい」、片方が「酸っぱい」と言ったら。
それは好みの違いではなく、受け取っている匂いが違うのかもしれない。
どちらも正しい。
3. 花が感じにくいなら、別の分子の花を足す。
ラベンダーの主役はリナロール、ジャスミンは酢酸ベンジルなど。
イオノンとは違う分子でできた花なら、センサーの違いに左右されにくいはずだ。
ベリー系に少しだけ重ねると、自分にも届く「花」が作れる。

「好き」「嫌い」の前に、
「届いている」「届いていない」がある。
ブルーヘブンの正体を聞かれたら、こう答えることにした。
あなたの鼻しだいで、花か、甘酸っぱい何か。
参考
- Jaeger, S. R. et al. (2013) *A Mendelian trait for olfactory sensitivity affects odor experience and food selection*, Current Biology 23(16):1601–1605 — doi:10.1016/j.cub.2013.07.030 / PubMed 23910657 / 解説:ScienceDaily 2013-08-01
- Razafindrazaka, H. et al. (2021) *African Gene Flow Reduces Beta-Ionone Anosmia/Hyposmia Prevalence in Admixed Malagasy Populations*, Brain Sciences 11(11):1405 — doi:10.3390/brainsci11111405 / PMC8615941
- Zhang, W. et al. (2021) *Insights into the major aroma-active compounds in clear red raspberry juice (Rubus idaeus L. cv. Heritage) by molecular sensory science approaches*, Food Chemistry 336:127721 — doi:10.1016/j.foodchem.2020.127721
- Greger, V. & Schieberle, P. (2007) *Characterization of the key aroma compounds in apricots (Prunus armeniaca) by application of the molecular sensory science concept*, J. Agric. Food Chem. 55(13):5221–5228 — doi:10.1021/jf0705015
- Xie et al. (2025) *Integration of GC-MS, ROAV, and chemometrics to characterize key differential volatile compounds in wild and cultivated blueberries from Northeast China*, LWT 225:117950 — doi:10.1016/j.lwt.2025.117950
- Ionone(すみれの香りとイオノン、カロテノイド由来)— Wikipedia